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2018年2月25日日曜日

江戸川乱歩『押絵と旅する男』の感想

■江戸川乱歩『押絵と旅する男』の感想





☆作品概要

魚津へ蜃気楼を見に行った帰りの汽車の中、同じ車両には「私」ともう一人の奇妙な同乗者しか居なかった。その男は風呂敷に包んだ「或る物」を大事そうに傍に置いていた。「私」はその風呂敷の中身が気になり、男に話し掛ける。風呂敷に包まれていたのは、洋装の老人と振袖を着た少女が描かれた押絵細工だった。やがて、その男は押絵細工に纏わる過去を淡々と語り始める。

☆作品の感想

数ある乱歩の作品の中でも、人気の高い短編となります。絵の世界に入り込むという、一見して幻想的な内容かと思いきや、乱歩特有の筆致で歪なフェティシズムを描き出しています。

想像を刺激する文体は見事です。短編ながら文章の一つ一つは詩的な香りすらします。読み終わっても、この世界観から離れたくないと思わせる没入の強さは、まさに乱歩の真骨頂といえるでしょう。

特に遠眼鏡という小道具が登場することで、物語の中に引き込む魅力を強めています。『屋根裏の散歩者』等でも理解できるように、乱歩は「覗き見る」という行為に異様な執着があるような気がします。

作品は「押絵と旅する男」の兄が、押絵の中にいる少女に一目惚れするといった内容ですが、この場合、美術品を眺めて美しいと感じるのとは意味合いが違います。本当に絵の中の人物に愛情を感じてしまったのです。

やがて主人公の兄は、押絵の世界に入りたいと願います。御伽噺のように聞こえるかもしれませんが、先にも述べました通り、この愛情は何処か歪です。

最終的に兄の願いは叶うのですが、絵の中の兄の姿は年齢を重ねて顔に皺が刻まれるのに対して、片方に描かれた少女は若々しいままです。それでも主人公の男は、兄が幸せなのだと「私」に語ります。そういった人生もあるのだと…。

短編なので少ない時間で読める物語です。しかし、長編にはない独特な「味」がありますので、乱歩初心者にはぜひ読んで欲しい作品だと思います。
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